甲状腺良性腫瘍

はじめに
 甲状腺の腫瘤の大部分は良性です。最近では、超音波を中心とした画像診断と細胞診検査より典型的な腺腫様甲状腺腫(良性)や乳頭癌、髄様癌、未分化癌(後者3つは悪性)については術前診断がほぼ可能となりました。しかしながら、濾胞癌(悪性)については濾胞腺腫(良性)や腺腫様甲状腺腫との鑑別は甲状腺専門施設であっても未だ完全には難しい状況です。ましてや一般の外科施設、耳鼻咽喉科施設ではほとんど不可能な状況で、単純に腫瘍径でのみ手術適応が判断されている例がしばしば見受けられます。このような場合には甲状腺腫瘍に詳しい専門医(内分泌外科専門医が望ましい)を受診し、手術適応を判断してもらう必要があります。また、可能であれば細胞診検査も甲状腺病理に精通した医師に判定していただくのが望ましいでしょう。

濾胞性病変の分類
 甲状腺の良性腫瘍には大別して濾胞腺腫と腺腫様甲状腺腫とがあります。腺腫様甲状腺腫は正確に言うと腫瘍様病変と定義され、真の腫瘍ではなく過形成と定義されていますが、病理組織学所見は非常に似通っており、甲状腺病理の専門医の間でも診断が異なることがあるくらいです。腺腫様甲状腺腫と濾胞腺腫、ならびに濾胞癌の3つをひとくくりにして濾胞性病変と呼びますが、さらに濾胞腺腫と濾胞癌の2つをまとめて濾胞性腫瘍と呼んでいます。これは診断上の診断困難さから来ています。すなわち腺腫様甲状腺腫と濾胞性腫瘍は超音波検査や細胞診検査である程度は鑑別診断が可能ですが(それでも間違うことはありますが)、濾胞腺腫と濾胞癌の鑑別診断は細胞診や超音波で容易に鑑別できないとされているからです。
 
 濾胞性腫瘍は①明瞭な被膜(腫瘍を囲む線維性の膜)に包まれ、周囲の甲状腺を押しひろげるように腫瘍細胞が増大し、多くは単発(ひとつ)の腫瘍です。また②均一な甲状腺濾胞構造(濾胞は甲状腺を構成する基本構造で、コロイドと呼ばれる粘調な液体成分を一層の細胞で包んだ球体構造です)からなり、③腫瘍を構成する細胞がほぼ均一で乳頭癌の核所見を持たない、といった所見が特徴です。さらに悪性と診断する(すなわち濾胞癌と診断する)要素としては現在、下の3つが定義されています。
【1】腫瘍細胞の被膜浸潤(腫瘍細胞が腫瘍を取り囲む被膜を突き破り、正常甲状腺へと進出していこうとする所見)
【2】腫瘍細胞の脈管浸潤(腫瘍細胞が甲状腺被膜内の毛細血管内に存在する所見。遠隔転移のリスク因子とされます)
【3】遠隔転移(肺や骨などへの転移)
しかし、実際には【1】【2】の診断は手術で甲状腺を切除して病理標本で初めてわかります。また、術前より【3】がはっきり分かっている症例は稀で、臨床的には濾胞癌の数%程度です。そのために濾胞癌の術前診断は難しいとされています。しかしながら、多数の濾胞性病変の超音波所見や細胞診所見を経験することによって、超音波や細胞診から上記①-③の濾胞性腫瘍の所見を読み取り、それら(濾胞性腫瘍)を選び出し、濾胞癌の可能性が高い群として手術に回すことは十分可能と考えています。これによって無駄な手術を減らし、かつ適切な治療(手術およびその後の治療)ができるようになりますが、こういったことが可能なのは多数の濾胞性病変を経験している甲状腺外科専門施設に限定されます。

濾胞性病変の手術適応
 濾胞性病変の手術適応としては2パターンがあります。
(1)術前に腺腫様甲状腺腫と判断して手術する場合
(2)術前に濾胞性腫瘍(濾胞腺腫か濾胞癌)と判断して手術する場合
の2通りです。勿論、術前の診断と異なる病理診断が出ることはしばしばあります。例としては、術前に腺腫様甲状腺腫→病理では濾胞腺腫(いずれも良性だが)となる場合や、術前に濾胞性腫瘍として手術したが病理では腺腫様甲状腺腫だった、などがあります。(1)の場合、当院では病理結果は95%以上は良性(腺腫様甲状腺腫が多く、時に濾胞腺腫)と診断されますので、手術適応は何らかの臨床所見がある場合に限定されます。具体的には以下のような項目が挙げられます。

  1. 他に明らかな癌を合併している時
  2. 機能性結節(その腫瘤が甲状腺ホルモンを過剰に産生する)となり甲状腺機能亢進をきたしている時
  3. 気管や食道などの周囲組織への圧迫症状のある時
  4. 縦隔甲状腺腫をきたしている時(この場合、気管や食道を圧迫している場合がほとんどです。胸腔内の病変が超音波や細胞診で正確に評価できていないことも手術を勧める理由の1つです)
  5. 甲状腺腫瘤が目立ち美容的な問題がある場合

などです。
(2)で手術を施行した場合、当院では病理結果は25%程度が悪性(濾胞癌がほとんどですが、一部に濾胞型乳頭癌と呼ばれるものも含まれます)です。超音波や細胞診で濾胞性腫瘍と判断した場合は原則的に手術をすべきと欧米ではされていますが、濾胞癌の大多数を占める微少浸潤型と分類される濾胞癌の予後は極めて良好であること、実際には手術症例の75%が病理で良性であることを考慮し、年齢、腫瘍径、超音波所見、細胞診所見などを総合的に判断し、悪性のリスクのより高いものを手術に回すようにしています。ちなみに2015年に術前の細胞診で濾胞性腫瘍と分類された腫瘤のうち50%程度が手術に回っています。

甲状腺良性腫瘍の治療
 甲状腺濾胞性病変の手術では、甲状腺片葉切除(甲状腺の右半分もしくは左半分を切除する)か甲状腺全摘を行います。甲状腺部分切除や核出術と呼ばれる腫瘍の部分のみを切除する手術は原則行っていません。また、リンパ節郭清(この場合は気管前や気管傍のリンパ節)も原則行っていません。それには以下のような理由があります。

  1. 仮に濾胞癌であった場合でもリンパ節転移の頻度は低い。(濾胞癌の場合、数%程度)
  2. 病理診断で悪性度の高い濾胞癌(広汎浸潤型濾胞癌)と診断された場合、残存する甲状腺組織をすべて切除する必要があるが(補完全摘と呼ばれます。追加の放射線治療のために行います)、その場合初回手術した側(右or左)に甲状腺組織が残っていると2回目の手術が非常に困難なため。
  3. 手術適応となる濾胞性病変は、腫瘍径がどんなに小さい場合でも2㎝程度はあることが多いため、腫瘍のみを切除しようとしても片葉切除に近い形となる。

以上のことをふまえ、濾胞性病変の手術としては、基本的には片葉切除を行なっています。同様の病変が左右にあれば甲状腺全摘を行います。

 手術以外には、甲状腺ホルモン剤投与によるTSH抑制療法がありますが、効果が確実でないことや正常甲状腺部分をかえって抑制し、この治療を終了した際に甲状腺機能低下が生じることがあるので、当院では初回治療としては原則行っていません。腫瘍に対してエタノール注入療法やラジオ波焼灼療法を試みている施設もありますが、治療目的と治療効果を総合的に判断すると妥当性が低く、施行している施設はごくわずかです。当院でも行っておりません。