甲状腺眼症

甲状腺眼症とは
 甲状腺眼症は、主としてバセドウ病の患者さんに合併する眼の合併症です。
主な症状としては、瞼が腫れる、瞼がつり上がる、眼が充血する、眼の奥が痛む(自発的な痛みや眼球を動かした際の痛み)、眼が突出する、物が二重に見える、視力が落ちるなどといった症状が現れます。

 甲状腺眼症は、その原因が完全に解明されているわけではありませんが、甲状腺に対して生じている免疫異常が眼の奥の組織に対しても影響を与えるため生じてくると考えられています。眼の奥の組織は、眼を動かす外眼筋という筋肉とその周りを取り囲む脂肪、そして目で見た情報を脳に伝える視神経から成ります。これらは頭蓋骨に囲まれているので前方を除き、周囲を固い骨の壁に囲まれている状態になっています。この眼の納まっている部位を「眼窩」といいます。甲状腺眼症では、外眼筋や脂肪にリンパ球という炎症に関連する細胞が集まり、「炎症」を起こし、その結果、外眼筋の腫大・線維化や脂肪の増生を生じることで様々な症状が出現してくるのです。

甲状腺眼症の症状はどのようなメカニズムで生じるか?
 まず、「炎症」によって生じてくる症状に関して説明していきます。例えば、怪我などをしたとき、炎症のため腫れた経験のある方は多いと思います。これと同様に炎症が起きた外眼筋や脂肪も腫れてきます(厳密には、脂肪の場合は炎症によって生じる物質の刺激によって脂肪が増えます)。先に述べたように、これらの組織は眼窩という前方以外を固い壁に囲まれたコップのような構造物の中に納まっているので、外眼筋や脂肪が腫れると眼窩の中が窮屈な状態になり、その中の圧力が上昇します。これを「眼窩内圧が高まる」と表現します。眼窩内圧が高まると、視神経など重要な部位を守るためにもその圧をどこかへ逃がさなければなりません。しかし、眼窩は前方以外、骨の壁に囲まれているため、圧を逃がすことができるのは基本的に前方のみとなります。このため、腫れた外眼筋や脂肪に押されて、眼球突出が生じてきます。眼球突出によって圧を逃がしても十分に眼窩内圧が下がりきらない場合は、眼窩周囲の循環が悪くなり、瞼が腫れたり、眼が充血したり、眼の痛みが生じたり、ひどい場合は視神経が圧迫されて視力が低下したりしてくるのです。
 次に、「線維化」によって生じてくる症状について説明します。怪我をして傷跡が残るように、炎症が生じた外眼筋にも傷跡が残ります。これが「線維化」にあたります。筋肉は元々しなやかなゴムのような性質をしていますが、線維化が生じると、縮むことはできても伸びることが出来なくなってきます。例えば、眼が下を向くときに収縮する筋肉(下直筋)と眼が上を向くときに収縮する筋肉(上直筋)は、上を向くときには上直筋が縮み下直筋が伸び、下を向くときには、下直筋が縮み上直筋が伸びるといった関係になっています。ここで、下直筋に炎症の結果、線維化が生じたとしましょう。そうすると、上を向くときに上直筋が頑張って縮んでも、下直筋が線維化のため伸びることができず、十分に眼球が上を向くことができなくなるのです。このとき、反対側の眼が正常であればしっかりと上をむくことができているので、ここで右目と左目の視野にずれが生じ、物が二重に見えてくるのです。このように、甲状腺眼症の症状は外眼筋の炎症や線維化、脂肪組織の増生などから生じてくるのです。

甲状腺眼症の診断
 この甲状腺眼症の診断はどのように行うのでしょうか。
瞼の腫れや眼球突出の進行、眼の充血などいくつかの項目で評価するclinical activity scoreという甲状腺眼症の炎症の程度を評価するスコアや「眼窩MRI」を中心に診断を進めています。眼窩MRIでは外眼筋などの眼窩組織をMRIという検査方法で撮影し、外眼筋の腫大の有無などの画像所見と合わせてT2緩和時間という数値を算出します。また、大脳白質と外眼筋の比較で算出されるSIRという値も評価に用いられています。これらの値は、眼窩組織の炎症を比較的客観的に評価できると考えられています。眼窩MRIという検査は、検査の性質上、閉所での検査となり、時間も数十分かかるため、人によっては受けることが困難な場合があります。この場合は、眼窩CTなどで代用したりすることもあります。

甲状腺眼症の治療
 甲状腺眼症を治療について説明していきます。
医学的な治療の前に1番大切なことは「禁煙」です。喫煙は甲状腺眼症の増悪因子であり、また、後述するステロイド治療の効果を落とすとも言われています。バセドウ病自体に対しても喫煙は悪影響を与えますので、何よりもまず、「禁煙」を心がけてください。
「禁煙」を前提で、具体的な治療の話を進めていきます。
甲状腺眼症の治療の考え方の大原則として、診断された時点で炎症が生じている状態か(活動期)、炎症が生じていない状態か(非活動期)ということが重要になってきます。甲状腺眼症は全く治療をしなくても、5年程度の経過で炎症が自然に落ち着くと考えられているからです。つまり、治療を全くしていない状態でも、炎症が落ち着いてしまっていることがあり得るのです。
 ここで「何もしなくても炎症が落ち着くのだったら、最初から治療をしなくてもいいじゃないか」と思われる方が多いと思います。甲状腺眼症の症状が炎症だけで生じるのであれば、その通りです。しかし、先ほど述べたように、「線維化」という病態が炎症に関連して生じてくるため、治療的介入が必要になってくるのです。つまり、炎症を放置している期間が長ければ長い程、「線維化」がひどくなる可能性があるのです。
よって、甲状腺眼症の治療の考え方としては、
1) 活動期の治療
2) 非活動期の治療
の大きく分けて2通りの治療戦略が出来てくるわけです。
以下に、1)、2)に分けて治療法を説明していきます。

1) 活動期の場合
 炎症がある場合は、その炎症によって生じている症状を改善すること、並びに診断時よりさらに「線維化」が悪化しないようにすることが主な目的となります。その炎症を抑える治療法として、①ステロイド治療、②球後照射(放射線治療)があります。
その他、眼窩組織に直接ステロイド剤を注射する球後注射、眼瞼にステロイドを直接注射する方法などもあります。これらは主に眼科で行われています。また、最近では悪性リンパ腫に用いられるリツキサンという薬やIGF-1レセプターに対する抗体であるテプロツムマブという薬の有用性も報告されています。しかし、これらの薬は本邦では保険適応外で容易に行うことはできないのが現状です。

① ステロイド治療
 免疫抑制剤であるステロイドで炎症を抑えることを目的とした治療法です。内服治療とステロイドパルス療法という点滴での治療法がありますが、治療効果はステロイドパルス療法の方が優れていることがすでに分かっています。よって、基本的にはステロイドパルス療法での治療をお勧めしています。
 ステロイド治療は、外眼筋に生じている炎症を鎮めることを目的とした治療ですので、線維化に対しては効果がありません。そのため、ステロイド治療後の自覚症状の変化は、症状のどの程度が炎症によって生じているかによってかなり個人差があります。しかし炎症を抑えることで例え自覚症状に変化がなかったとしても、その治療でさらなる「線維化」を押さえることにより症状の悪化を防ぐ意味合いもあると考えられます。ステロイドの副作用としては、消化器症状、不眠などの精神症状、骨粗鬆症、体重増加、高血糖、満月様顔貌、大腿骨頭壊死、重篤な肝障害などが挙げられます。これらに注意しながら、治療を進めていくこととなります。
② 球後照射(放射線治療)
 球後照射は、外眼筋や眼窩脂肪織に放射線を当てることで、リンパ球を破壊し、治療を行う方法です。ステロイドと比較すると、治療効果の発現には時間がかかると言われています。通常、1-2ヶ月くらいの期間で評価することが多いです。
この治療法は、糖尿病性網膜症や高血圧性眼底がない限り、基本的に安全とされています。

2) 非活動期の場合
 炎症がない場合の症状は、基本的に線維化による症状ということになってきますので、1)で示した治療は適応がありません。1)の治療法の副作用の可能性を考慮すると、むしろ百害あって一利なしです。
 炎症がない場合の治療は、基本的には症状を緩和する目的で点眼薬を使用したりする保存的治療や、線維化や脂肪増生による症状が著しく強い場合に行う眼科的な手術などが治療法として挙げられます。
 当院では、甲状腺眼症に対する手術は行っていませんので、もし手術適応があると考えられ、炎症が鎮静化しているような場合は、甲状腺眼症の手術を行っている施設へ御紹介させていただく形となります。
 緊急の手術適応としては、角膜潰瘍が出来ている場合、ステロイドパルス療法に反応しない視神経症(視神経の圧迫による視力低下)が挙げられ、これらは手術の絶対適応です。その他、緊急性はないものの、手術の適応があると考えられるのは正面視や下方視で複視がある場合、眼球突出が著しい場合、瞼の吊り上りが著しい場合などが挙げられます。

 以上、甲状腺眼症は、分かりにくい病気かもしれませんが、症状がひどい場合は患者さんのQOLを著しく損なうこともあります。何か不安な点等ありましたら、外来で気軽に診察医に御相談下さい。
 なお、当院は出来高払いの病院のためステロイドパルス療法に用いるソルメドロールという薬剤が甲状腺眼症に保険適応がない関係でステロイドパルス療法を行うことができません。また球後照射の装置もありませんので、両方を保険診療で問題なく行うことができる診療群分類包括評価(DPC)を導入している施設へご紹介させていただいております。